天然酵母の食パンがゆっくり発酵するのは、酵母の数が少なく、働く力がおだやかだからです。理由はほとんどそれに尽きます。とはいえ、「天然酵母 発酵 時間」と検索された瞬間の気持ちは、もう少し複雑だったのではないでしょうか。パンを焼いてみたけれど生地がなかなかふくらまない、レシピどおりの時間で切り上げていいのか分からない。あるいは、店頭で「天然酵母は一晩かけて発酵させています」と聞いて、それで何がどう変わるのかがよく分からなかった。「待つ意味、ほんとうにあるの」という正直な疑問。私たちも、店頭で同じご質問をよくいただきます。この記事では、私たちつばめパンが毎日どんな時間の使い方をしているのか、温度や時間の目安もふくめて、包み隠さずお話しします。読み終えたころには、ご自宅で焼くときも、お店でパンを選ぶときも、「今日はもう少し待とう」と判断しやすくなっているはずです。
この記事のポイント
天然酵母がゆっくり発酵する理由を、酵母そのもののしくみからご説明します。そのうえで、ゆっくり発酵させると味や日もちがどう変わるのか、私たちが工房で見ている温度や時間の目安、そしてご家庭で試すときにつまずきやすい点まで、名古屋の食パン専門店として現場の感覚のままにお伝えします。むずかしい話は最小限にしました。
今日のおさらい:要点3つ
・天然酵母は酵母の数が少なく、含まれる菌の種類も多様なため、ガスが出るまでに時間がかかります
・ゆっくり発酵させるほど香りと甘みの成分が増え、しっとり感が長もちしやすくなります
・大切なのは経過時間ではなく生地の状態で、季節によって同じレシピでも倍近く差が出ます
この記事の結論
・ゆっくりなのは欠点ではなく、天然酵母のパンが美味しくなるための必要な時間です
・私たちは温度と湿度を見ながら、一次発酵におよそ4〜6時間、冷蔵でひと晩かけることもあります
・ご家庭では時計より「生地の倍率」と「指の跡の戻り方」を目安にしていただくと失敗が減ります
天然酵母がゆっくり発酵する、そのしくみ
酵母の数と種類が、そもそも違います
まず大前提として、市販のイーストも天然酵母も、パンをふくらませているのは同じ「酵母」という微生物です。では何が違うのかというと、密度と純度です。市販のイーストは、パンをふくらませる力の強い酵母だけを選び抜いて、ぎゅっと濃縮したもの。いわば精鋭部隊です。対して私たちが使う天然酵母は、小麦や果実などに元から住んでいる酵母を、時間をかけて育てたもので、一グラムあたりの酵母の数がずっと少なく、しかも乳酸菌など別の微生物も一緒に暮らしています。
人数の少ないチームが、同じ量の仕事をこなすには、当然それだけ時間がかかります。ゆっくり発酵するのは、酵母が怠けているからでも、質が悪いからでもありません。単純に、生地という広い畑を少人数で耕しているからです。しかも天然酵母は温度や湿度にとても正直で、気分屋なところがあります。正直なところ、朝いちばんに元種の様子を見て「今日はご機嫌だな」「今日は少し眠そうだな」と感じることが、私たちには本当にあるのです。
ゆっくり時間をかけると、味はこう変わります
では、その待ち時間に生地の中では何が起きているのか。酵母が糖を分解して炭酸ガスを出す、というのが発酵の主役ですが、実はそのかたわらで、もっと地味な変化が進んでいます。小麦のでんぷんが少しずつ糖に変わり、たんぱく質が分解されてうまみのもとになり、乳酸菌が働いてほのかな風味をつくる。この副産物こそが、天然酵母のパンの「噛むほど甘い」という感覚の正体です。
短時間で一気にふくらませると、ガスは出ても、この熟成の部分が追いつきません。逆に、低めの温度でじっくり時間をかけると、香りの成分が積み重なっていきます。私たちが一次発酵に4〜6時間、日によっては冷蔵庫で12時間以上かけるのは、この積み重ねが欲しいからです。焼く前の生地の香りを嗅いでいただくと、よく分かります。ゆっくり発酵した生地は、ほんのり甘い、お酒のような穏やかな香りがします。あの香りが立ってこないうちに焼いてしまうと、私たちが目指す味にはどうしても届きません。
美瑛産小麦100%とも、相性がいいのです
もうひとつ、ゆっくり発酵が欠かせない理由があります。私たちが使っているのが北海道美瑛産の小麦100%だからです。国産小麦は、輸入の強力粉に比べるとたんぱく質の量がやや控えめで、生地の骨格が立ち上がるのに時間がかかる傾向があります。急いでこねて急いで焼くと、ふくらみきらないまま目の詰まったパンになりがちです。
ところが、ゆっくり時間をかけてあげると、水分が粉のすみずみまで行き渡り、生地がしなやかに変わっていきます。国産小麦の弱点とされがちな部分が、時間という味方を得ることで、むしろ軽い口どけとして表に出てくる。私たちにとって天然酵母と美瑛産小麦は、はじめから相性のよい組み合わせでした。ただし、その年の天候で小麦のふるまいは変わりますので、雨の多かった年は仕込み水の量を数パーセント控えるなど、毎年こまかく見直しています。
ゆっくり発酵と上手につきあうために、私たちがしていること
温度は、私たちにとっていちばんの調整弁です
発酵の速さをいちばん大きく左右するのは、やはり温度です。私たちの工房では、生地の温度をおよそ26〜28度あたりに置くことが多く、この帯だと酵母が無理なく働いてくれます。おおまかな感覚として、温度が5度上がると発酵はおよそ倍の速さで進み、5度下がると半分ほどに落ち着きます。ですから真夏と真冬では、同じレシピでも発酵にかかる時間が倍近く変わってきます。
冬の朝、工房が10度を下回るような日は、仕込み水を少し温めて生地の温度を保ちます。逆に真夏は、仕込み水に氷を入れて冷やし、発酵が走りすぎないようブレーキをかけます。ケースによりますが、夏場は一次発酵を目安より20〜30分ほど早めに切り上げることもしばしば。時計に従うのではなく、温度で速さを設計し、最後は生地の状態で決める。これが私たちのやり方です。
時計ではなく、生地のサインを見ます
では、具体的にどこを見ているのか。私たちが毎朝確認しているのは、大きく三つです。ひとつめは、生地がおよそ2倍にふくらんだかどうか。ふたつめは、粉をつけた指をそっと一関節だけ差し込んだとき、穴がゆっくり戻りきらずに残るかどうか。押し戻すようにすぐ閉じるならまだ早く、穴のふちがしぼむようならもう進みすぎです。三つめは香りで、甘い香りの奥にツンとした刺激を感じたら、少し行きすぎたサインだと考えています。
この三つが揃ったところで、私たちは「今日はここまで」と決めます。数字で言えるほど単純ではないのですが、毎日見ていると、生地のほうから教えてくれる瞬間がたしかにあります。読みを誤って進みすぎてしまった日は、無理に商品にはせず作り直します。もったいないと思う気持ちはありますが、そこだけは譲れないところです。
よくある失敗と、ご家庭で試すときの注意点
ご家庭で天然酵母を扱われる方から、店頭でご相談いただくことが多いのが「ふくらまない」というお悩みです。よくあるのが、室温が低すぎるケース。冬場に20度を下回るお部屋だと、レシピの倍の時間がかかっても不思議ではありません。急ぐあまり電子レンジの発酵機能で40度以上まで上げてしまうと、今度は酵母が弱って風味が落ちますので、35度くらいまでに留めていただくのが安心です。
もうひとつ多いのが、元種の力が落ちているケースです。冷蔵庫に長く入れたままの種は目を覚ますのに時間がかかりますので、使う前日に一度継いで、常温で活発に泡立つのを確かめてから仕込むと安定します。それから、塩と酵母を直接触れさせないこと。これも地味ですが効きます。そして最後に、いちばん大事なこと。焦らないことです。天然酵母のパンづくりは、待つ時間まで含めてレシピの一部だと、私たちは思っています。
よくある質問
Q1. 天然酵母の発酵には、だいたいどれくらいかかりますか
A1. 温度によりますが、一次発酵でおよそ4〜6時間が目安です。低温でひと晩かける場合は12〜18時間ほどかかることもあります。
Q2. イーストで焼いたパンと、味はどう違いますか
A2. 天然酵母のほうが香りに奥行きがあり、噛むほどに甘みを感じやすい仕上がりです。ふくらみの高さや軽さでは、イーストのほうが安定しています。
Q3. ゆっくり発酵させると酸っぱくなりませんか
A3. 温度が高すぎたり時間をかけすぎたりすると酸味が出ることがあります。私たちは低めの温度で管理し、酸味が前に出ないよう調整しています。
Q4. 冷蔵庫で発酵させてもいいのでしょうか
A4. はい、5〜8度ほどの冷蔵でひと晩かける方法は私たちも使っています。ゆっくり進むぶん香りが増し、翌朝の作業時間も読みやすくなります。
Q5. 発酵しすぎたかどうかは、どう見分けますか
A5. 指の跡がしぼむように残る、生地の表面に大きな気泡が浮く、ツンとした香りがする。この三つが目安です。
Q6. 天然酵母のパンは日もちしますか
A6. 水分の抜けがゆるやかで、しっとり感が続きやすい傾向があります。ただ保存料は使っておりませんので、召し上がりきれない分は当日中の冷凍がおすすめです。
Q7. 少し固くなってしまったら、どうすればいいですか
A7. 表面に霧吹きで軽く水分を足し、予熱したトースターで2〜3分焼いてみてください。焼きたてに近い食感が戻ってきます。
Q8. 名古屋モーニングのようなトーストにも合いますか
A8. とてもよく合います。天然酵母の甘みはバターや卵と相性がよく、厚めに切ってあんバターにされる方も多いですよ。
Q9. 小さな子どもでも食べやすいでしょうか
A9. 耳までやわらかく焼き上げていますので、小さなお子様にも召し上がっていただきやすいと思います。アレルギーについては原材料をご確認ください。
Q10. 焼き上がりの時間に合わせて買いに行けますか
A10. 店舗ごとに焼き上がりの時間帯が異なりますので、お近くの店舗までお気軽にお尋ねください。時間帯によっては品切れのこともあり、申し訳ありません。
まとめ
・天然酵母がゆっくり発酵するのは、酵母の数が少なく、多様な微生物と一緒に働いているからです
・その待ち時間に香りとうまみの成分が積み重なり、噛むほど甘い味わいが生まれます
・私たちは一次発酵におよそ4〜6時間、日によっては冷蔵でひと晩かけています
・温度が5度変われば速さはおよそ倍または半分になるため、季節ごとに設計を変えています
・見るべきは時計ではなく、生地の倍率・指の跡の戻り方・香りの三つです
・ご家庭では低すぎる室温と、弱った元種に気をつけていただくと失敗が減ります
ゆっくりであることは、天然酵母のパンにとって遠回りではなく、まっすぐな道のりなのだと私たちは思っています。名古屋で7店舗を営む食パン専門店として、私たちはこれからも美瑛産小麦100%と天然酵母に向き合い、その日の生地の声を聞きながら焼いてまいります。もし気になることがありましたら、店頭でどうぞお気軽にお声がけください。今日の一枚が、あなたの朝を少しだけやさしくしてくれますように。
